大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)282号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、原告主張の日時、場所において、被告運転の自動車が原告を跳ね、そのため原告は右下腿両骨々折、後頭部打撲傷、右眼瞼部挫創、左腸骨部打撲擦過傷、手部擦過の傷害を受け、昭和四一年一〇月二七日から同四二年二月五日まで稲田病院に入院した事実は当事者間に争いない。
二、請求原因二項は当事者間に争いない。
被告は無過失を主張するがそれのみでは免責されない。
三、<証拠>によれば、被告は昭和四二年二月五日夕方頃、原告より「病院はいらん、示談してくれ」と云われたので、担当医師に原告の症状を質したところ、未だ退院の時期でなく、足が曲らなくなるかも知れないとの回答を得たので、原告に対し「このまま入院を続けて欲しい、示談は完治してからしたい」と返答したが原告は医師からも予後について説明されたにも拘らず「どんなになつてもかまわん。自分の体だ。示談してくれ出て行く」と退院及び示談金の支払を強く希望したので、同日被告が既に支払つた治療費、看護費雑費の外に休業補償、慰藉料、後遺症補償として現金五〇万円を翌日支払う旨の示談契約をしたうえ、原告はギプスを巻いたまゝで同日稲田病院を退院した事実、当時原告の右膝関節は伸展一八〇度屈曲一三〇度で不完全強直を後遺する可能性があり更に二ケ月半程の安静治療を要する症状であつた事実、その後原告は骨折部位に疼痛を起したため(この点は原告の自認するところである)同年二月一三日より同四三年五月一六日まで浜寺病院に入院したが、右腓骨脛骨上部で骨折変形癒合を生じ右膝関節の屈曲は約七〇度に制限され、右下肢は約三センチ短くなり著しい跛行を示すに至つた事実がそれぞれ認められる。してみると、原告の右下肢約三センチ短縮の後遺症状は右示談契約時には原、被告双方の予想しないところであつたと云うべきである。そして右は原告が引続き安静治療をしなければならない状態でありながら(そして前記認定事実に照せば原告はこのことを知つていたものと推認出来る)あえて自らの意思で限院し、浜寺病院に入院するまでの一週間治療を放置していたことにも原因があるものと云うべく、この点原告の過失は免れない。
被告は原告が下肢約三センチ短縮・跛行により蒙つた損害について示談契約の外に、追加的に賠償義務を負うものと云うべきであるところ、当初予想された後遺症と現実に生じたそれを比較すると、労働基準局長通達による労働力喪失率表を参酌すれば労働能力に関する限り差はないものと認められる。
唯、原告が右膝関節の屈曲度は軽減軽快したとは云え、右下肢が約三センチ短縮したため蒙つた精神的苦痛は、やはり大なるものがあると解さざるを得ない。
結局、原告主張の就労不能による将来の得べかりし利益の損失による損害は示談成立当時予想されていたものであつて、前記原告の後遺症によるものとは認められず慰藉料についてのみ被告に請求し得るものと云わざるを得ず、前記認定の示談成立に至つた経緯、後遺症の発現についての原告の過失その他諸般の事情を考慮すれば慰藉料の金額は一〇〇、〇〇〇円が相当である。 (菅納一郎)